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ユビキタスコンピューティングを実践した、と軽く言い放てばきっと語弊が生まれるだろう。

勿論、この名称こそある種流行り廃りだった部分は恐らくある。新聞、または雑誌で・・・いやいやブラウザで見た情報サイトで?どちらにしても我々はいつの間にかその言葉さえ聞く事も少なくなってしまった。
そんな中でもappleを目標へと押し上げた一人の人物が天国へ旅だった。

スティーブ・ジョブズ氏である。
「stay hungry stay foolish.」というスピーチで馴染みのある彼である。
appleCEOをつい最近退職し、驚くまでに痩せ細った彼を見たのがほんの数ヶ月前の出来事だ。

私の中でのappleは、ipod以前の製品も薄ぼんやりとではあるが知っている。
imacの丸っこいデザインに独特のカラー配置で、友人宅に遊びに行けばその都度「処理が遅い」と愚痴をこぼしていたのが記憶に新しい。恐らく私の中であれが最初のappleとの出会いではないだろうか。

多くの人々は恐らく、ipodからがappleに置ける第一印象として根強いのではないか。
ipodのCMを見て、とか店頭に並んだのを見て・・・とかね。

itunesを使って曲をダウンロードする事も、自分が持っているCDを取り込み持ち歩く事も、当時からしても目新しい物ではあったのではないか。勿論、他のプレイヤーも小型化に押されPCとの連携でMP3としてメディアプレイヤーに、または他の専用規格に改めた上で取り込み、好きな所好きな場所で曲を聞く事はあった。しかしながら新しいモデルが出るとリニューアルされ、形はおろかロゴさえも変えられ、全く新しいというフレーズが良く飛び交うようなモデルが続く訳で結局何を買っても、どれを買っても一緒という部分さえ持つようになった時代さえある。

ただappleは少し違った。
例えどれだけバージョンが切り替わり新しくなっても、そこに独特の形状やインターフェースデザイン、使いやすさ、解りやすさが共通して存在し、他のポータブルメディアプレイヤーに取って代えられる事の無い新しさが常に存在していたと思う。ココは現在からすればipodもiphoneも、そしてipadも、それら一つ一つは非常にセンスの良い集合体としてそこに存在し、これから先の人間が持ち、そして使われるに相応しい数々である事は確かだと思う。

非常に惜しい人を亡くした、その一言に尽きる。
天国でも開発を続けてくれる事を祈って。

心からご冥福をお祈りいたします。
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2011/10/06(Thu) 16:39:50


ハリアーと申しますとAV-8B型またはA型の米海軍海兵隊によって用いられる垂直離着陸攻撃機を指す場合が大抵で、実際のところ欧州方面の認識よりも米海軍によって運用されているハリアーの方が搭載品もさる事ながら飛行機好きや軍オタにとって知りやすく認知度が高い機種でもあります。

しかし今回はこのAV-8A/B型ハリアーの始祖たるホーカーシドレーハリアーに少し着目したいと思います。



─VTOLという革命

遡る事第二次世界大戦終結後、東西に分断された世界はその後もリベラリズムやキャピタリズムを持って多様な歩みを進めながら軍事的面では質的優位性を求め続けることになる西側と、鉄のカーテンで仕切られた技術力、生産力、そして国家枠を超えた連邦制社会主義を基本としながらも数的、また質的にも大規模な軍事力を持った東側に別れ、1990年のソビエト崩壊まで続く冷戦の一幕を飾った時代であります。

さて、この頃といいますと実はジェット戦闘機の誕生と初戦闘以外にも多くの技術者を悩ませた部類があります。
そうです、垂直離着陸機の開発と実用という問題を解決させたかったのです。
ww2終結後、ドイツから得られた航空機や戦闘車両、そして艦艇といった物のメカニズムや方向性は革新的な技術を持って設計されたものが多く、例えばHeinkel Lerche 3のような機体自体を縦置きして離陸、その後水平飛行に移るようなものだったりと技術的解決というよりも正直なところ「これはあんまりだろう」という物が数多く有る中、それでも垂直離着陸機の保有という方向性は今後の戦争によって強いメリットが存在すると思って疑うことのない部分でありました。

実際のところ航空機にとって一番の課題は離陸と着陸であって滑走路が破壊されたら離陸ができません、また着陸もできませんからww2であった現代で言う急造の野戦飛行場のような野原に着陸することは速度が増加したジェット戦闘機にとっては不可能となり、同時に整備され完全に手が入ったコンクリートとアスファルトの集合体とも言える滑走路から飛び立つ以外に、その重い機体重量や大型化し速度が増したジェット戦闘機や爆撃機を収められるだけの場所がなくなってしまったのです。

しかし、垂直離着陸機というジャンルはたった15m四方の舗装され強化されたヘリパッドのような物から離陸でき、かつその後戦闘を行い帰還するにしても離陸と同様に行える面からも補給性や整備性において優れた効果を発揮する以上に、敵航空部隊に対して予測不可能な地点から迎撃が行えるといった面でも有効視されていた部分があったのです。また、滑走路を有する基地においても同様に、滑走路を破壊されても反撃が行える面からも滑走路修復に時間をかけている間に離陸できない通常離着陸型(CTOL型)戦闘機と比べ、短時間で離陸させられる部分等も同様のメリットとして存在したのです。

さて、前述したHeinkel Lerche 3のようなテイルシッター方式のVTOL機は1940年から1955年まで開発が続けられ、アメリカは同様の形態を用いてX-13という研究機を開発するに至ります。この機体は勿論の事縦置きで据え付けられた洋服をかけるハンガーに対して機体を引っ掛けるような方式で着陸とみなす形態で、ギアの一切は無い上、機体が垂直になると座席角度が変化し、コックピット下面の丁度現代戦闘機でいうノーズギア格納庫に空いた透明板から機体の状態を確認しながら着陸する形態でした。

アメリカ海軍においてはww2で多く活躍した商船改造の護衛空母や沿岸哨戒用の小型空母といった部類の多くがそのまま保有されるに至り、ジェット戦闘機の運用が開始された時代でも有効な滑走路長を持った甲板を有していないし、何よりも大量に搭載した状態で任務を行なう航空母艦においてはデッキ上で使える幅が限られている以上難しい部分も多く存在しました。そこでX-13という研究機を持ってVTOL戦闘機を離陸させられればそれらも解決するしジェット戦闘機として使えるし、と2つの案件プラスVTOL戦闘機の保有という形で各国に対し銘打つ事が出来ると思ったのです。

しかし、テイルシッター型VTOL戦闘機という物はそもそも課題が多く、例えば垂直状態に静止させる為に吸入する空気量が温度等で変化し始め、地面に叩きつけられた排気が舞い上がって再度吸入口から連続で吸入してしまうとエンジン燃焼室で燃焼可能な酸素量が減少してしまいエンジンストールを起こす事や、縦置き型ということからも解るとおり、そもそも操縦が非常に困難かつ大変な労力をもって行われるもので、離陸や離艦が可能でも着艦、着陸がとても不自由かつ大変な操作なのです。そもそも機体を水平から垂直に起こす為に延々と速度を落とし高度を下げず接近しながら細いケーブルに引っ掛けるという荒業自体がペーパープランでも良かったものかと私は思うのですが、「それでも欲しかったVTOL機」という名目で考えると自ずと納得がいってしまうどこか技術者の考えがそのまま反映されたに等しいものだったと頷けるでしょう。

しかしこのX-13自体も空母自体の大型化や潜水艦のパワープラント強化、原子力化による潜行時間の長期化等の通常進化の波に押され、それ自体の発達によって結果として異端児たるテイルシッタータイプのVTOL機は正常進化を有するものに敗北した形で技術というデータだけが残された形になります。

これが1950年台の後半の出来事でありました。


─オーバー・ザ・ライン

1960年代ともなると技術的に習熟度が極まってきた戦闘機の一部に異端児たるVTOL型が発生してくる時代となりました。その一端は東側との軍拡競争にあり、前線航空機という名目で西側は散発的、または大規模な全面核戦争時に基地を攻撃された場合でも攻撃力を失わない形のVTOL機の開発を着々と推し進めていた時代でもあります。その一端に、現代のハリアーの始祖たるホーカーシドレーP.1127が存在します。このP.1127は1950年代後半から開発が進められていた推力を下方に偏向させ、排気方向を自ら設定することによって機体自体の角度偏向を有すること無く垂直から水平に、また逆の用途でも用いる事ができるとされた形のVTOL技術を持って生まれた機体で初飛行は1960年ジャストという、テイルシッター型の終焉と推力偏向型の発達という上手い住み分けがなされた形で新たな時代の幕開けが予測されたかに見えました。

P.1127自体は現代と同様にペガサスエンジンを抱き込む形で抱え、其の排気方向を自由自在に操れるという形の推力偏向型VTOL機という形態で誕生したものでした。このP.1127の初飛行から翌年の1961年には北大西洋条約機構、所謂NATOにおいて基礎軍事力計画3という形で垂直離着陸戦闘機という形でNATOからの要求を受け、このホーカーシドレーP.1127を発展させたP.115X計画としてプラン提出を行ないました。これは、現行存在するP.1127を元に発展させた形のハリアーと丁度中間に位置する機体でエンジン出力の強化やハードポイントの敷設等によって攻撃能力を持たせる案で、これを更に検討させた形がP.1127に続くハリアーの系譜で言う第二段階の進化型であるP.1154であり、実用化されていれば「アフターバーナーを備え超音速飛行が可能なVTOL戦闘機」としてイギリス空軍や海軍をもってして世界に名を広める形でハリアーの真髄たる性能を繰り広げていたかも知れません。

しかし、時代はP.1154に対して悲しい現実を突きつける事になります。
イギリス海軍と空軍によってこのP.1154に対する要求の差から、海軍はF-4Kを正規空母に対する艦載戦闘機として導入する事になり、ほぼ同時に空軍においても戦略爆撃機として名高い試作機であるTSR.2に全力を傾ける結果となった他、労働党政権による大規模な軍事費の削減によってこのP.1154は計画倒れにならざるを得ず、最終的に興味を示した空軍、海軍の双方から見捨てられる形で幕を閉じる結果になってしまったのです。

それでもP.1127を用いて、イギリス空軍向けとしてP.1127に更に改良を加えたホーカーシドレーケストレルFGA.1を評価試験用に発注し、1964年3月に初飛行が行われイギリス空軍向けの機体として、ケストレルを実験機としての機体ではなく本格的な実用機としての目線で開発を行っていく事になり、同年の1964年にはイギリス、西ドイツ、アメリカの三国で構成された三国共同評価飛行隊によって具体的な運用形態も含んだ機体試験が行われケストレルFGA.1の開発を助けていた場面があります。結果としてVTOLの夢を捨てきれなかった三国は最後の夢をこのケストレルに託す形で試験が続けられ、最終的に実用に耐えるレベルまで要求を突き詰めていった結果として、イギリス空軍はケストレルの実用型で対地攻撃機を示すGR型の型番を添え、ケストレルの名前がチョウゲンボウという小型猛禽類だった事から同じ小型猛禽類でチュウヒを指すハリアーとし、ここにホーカーシドレーハリアーGR.1が誕生したのであります。

GR.1が初飛行を行なったのは1966年の事で2年後の1968年から部隊配備が開始、複座型練習機であるT.2は部隊配備翌年の1969年に初飛行、70年台も始まりのころには各形式の部隊配備が完了という形でハリアーの歴史が始まることになった。さて、ここでお気づきの方も多いと思うがT.2型練習機が一足遅れて出てきている。この間の練習や操縦訓練は如何にして・・・と思う方も多いと思うが、実はこの間パイロットはヘリコプターで訓練を行い初期作戦能力を1970年までに獲得するというイギリスらしい荒業を披露してくれている。
その結果と言っては何だが実に初飛行から4年足らずで初期作戦遂行能力を保有するに至り、ハリアーという一つのブランドの先駆けとしてイギリスの空を守り続ける事になる。


─海鳥の産声高く。

P.1154計画を空軍、そして海軍が見捨てたにもかかわらず、P.1127ベースで開発が続けられていたハリアーGR.1は世界初の実用V/STOL機として航続距離や兵装搭載量こそ通常型機よりも劣るものの、一定以上の評価が下されていた。そこに再度海軍に注目する事となり艦載機としての能力を付与する為に1969年には独自の艦載機型研究に着目する事となったのです。ホーカーシドレー社自体は3年後の71年にはハリアーの改修型であるGR.3ベースで最小限の改修を持ってイギリス海軍の要求する「戦闘、攻撃、そして偵察」の3種に適合出来る機体としての研究を突き詰めていく事になり、研究の一環として実際にハリアーのGR.1型を艦艇に搭載しての運用試験を行う等して高い成果を収めるに至り、結果的にイギリス海軍はホーカーシドレー社に対して正式な形で「マリタイムハリアー」に関する研究契約をつなぐ事になりました。

調達は1973年からと見込まれていたこのマリタイムハリアーはイギリス政府の財施難とそれに伴う政権交代からゴタついてしまい、結果として量産承認がズレこんでしまった影響からそれ自体のキャンセルさえ危ぶまれていた所、1975年に突如としてイギリス国防相が「シーハリアー」としての採用を決定した事を発表するに至り、量産化が決定したのであります。しかし、シーハリアー自体は開発費を極力抑える事で試作機の開発が認められなかった点もあり、事実上量産1号機から生産される事になってしまったのです。

再設計作業の殆どは経費面から極力大規模な改修を行わないという方針の元行われてゆき、ブルー・フォックスレーダーの搭載や機首部分の再設計、コックピット位置の偏向やパイロン形状の改修といった面等細部に徹底して行われていきました。しかし、当時イギリス海軍ではアークロイヤル型の通常型航空母艦の退役が決定していたのですが、海軍は航空戦力の維持を行ないたかった部分からも結果としてこのシーハリアーを載せられる簡易型艦隊支援空母という形で縦通飛行甲板を有する現代におけるHMSインヴィンシブル、HMSイラストリアスのようなVTOL空母の生産という形で海軍航空戦力の維持が決定されたことからここに次世代の海軍航空戦力の夜明けを世界は見る事となり、空軍ではホーカーシドレーハリアーGR.3が、海軍ではシーハリアーFRS.1がVTOL技術の集合体として運用されていく事になりました。


─フォークランドの空で舞った猛禽類。

1982年、アルゼンチン軍が事実上の占領をフォークランドにおける島嶼地域に対して繰り広げ、ここに近代における艦隊戦と艦隊防空戦が行われる事となったのです。突如として勃発した紛争は1982年4月2日には島都たるポートスタンレーをアルゼンチン軍が占領するに至り、イギリス軍の少数たる海兵隊員は兵力、火力的にも乏しいため降伏勧告を受け入れる形でアルゼンチン軍の前に降伏する形となりました。翌4月3日には対するイギリス政府から機動艦隊編成の命が下り、空母ハーミーズとCVS型空母、インヴィンシブルを加えシーハリアーFRS.1を同空母に配備する形で編成されました。このシーハリアーFRS.1においては当時最新鋭だった短射程空対空「AIM-9L」型サイドワインダーミサイルを搭載可能でありまして、実の所これがこの紛争におけるハリアーの運用評価に一役買う事になる事はこの時点では知る由もなかったでしょう。

対するアルゼンチン空海軍においてはハリアーと同等、あるいはそれ以下の装備が基本となったものでIAI製であるネシェルのアルゼンチン輸出型であるダガーA/B、フランスはダッソー社製ミラージュIII、マクダネルダグラス社製A-4AR/Q、そしてエグゾセを搭載しシェフィールドを撃沈に追い込んだダッソーブレゲー社製シュペルエタンダール等を含んだものでした。

しかし実際のところ・・・と来ますとお解り頂けると思うのですが、このハリアーにおいては亜音速域での加速性たる部分で言えば驚異的とも言えるダッシュ力を持っておりまして、ペガサスエンジンによるVTOLを行うだけあるといいますかその加速力たるやアフターバーナーに等しいレベルとも言えたのです。しかしこれは相手がミラージュIIIなどを相手にした場合で全てがそうというわけではありません。仮に空中戦そしてまともに旋回戦を行うとなった場合、アルゼンチン空海軍側としては結果として艦対空ミサイルや地対空ミサイルの脅威から自機を守る意味でも低空侵攻を行わなければならず燃料を消費し続けた挙句に航空優勢を確保するための空中戦でアフターバーナーを用いてガンガン燃料を消費し続ける事は出来なく、高度を十分にとりさえすれば後述するVIFFなどを持って照門に機体を抑えずとも純然たる機体性能だけを持ってチェックシックスを優位に取る事が出来るのです。

さて、これらのシーハリアーは初の実践経験という形でフォークランド諸島の空を舞った訳ですが、実際のところ空対空戦闘はあまり多く発生したものでなく、また、アルゼンチン軍に対して圧倒できた部分に関してはAIM-9Lサイドワインダーによる限定的ながらも前方へ発射出来る能力をもった部分が主たる要素でありまして、20機撃墜の上被撃墜無しという輝かしい成果を持って描かれたシーハリアーは実際の所このミサイルを搭載出来ていたか否かでかなり変わっていたかもしれません。また、格闘戦ではハリアー特有たるVIFFといった特殊機動はフォークランド紛争において使用されておらず、内容は後述させていただきますが極めてミサイルの性能によって左右されていたとする部分が多いため、VIFFを用いて撃墜した事等も無いことからもハリアーの特殊な性質を持って撃墜したという事ではなく前述したように平凡な形で撃墜を行なったに過ぎないのです。


─VIFF

ハリアーには米海兵隊が生み出したVectoring In Forward Flightという特殊機動が存在します。これは、戦闘機動中にハリアーのノズル角度を急激に変化させることで敵機が後方に遷移している場合でも機体自体の急激な移動を行なう事で機動先を読まれず認識しづらい形で有利に戦闘を行なおうという物でした。しかし、実際の運用上ではパイロットに対して急激な負荷が掛かることや、速度的優位性を大幅に失う可能性がある面からも実際のところ継続して行われる戦闘機動に対して不利になる面が多く一時的な効果を望めるだけであって変化は余り高くなかったとされているのが通説という所だったりするのです。

また、フォークランド紛争においては敵機たるシュペルエタンダールやミラージュといった機体の多くはシーハリアーにとって追う側の立場であったこと、同時に追われる側の立場ではなかったことから使う場面がそもそも存在せず、地対空ミサイルや艦対空ミサイルの回避に適切ではない機動であるからして使われるような場面が双方向において存在しなかったのです。

結果的にSu-27項でも述べたように高度と速度の優位性を捨ててまでハリアーが行うものではなく、むしろそれ以前の機動で撃墜することが結果としてハリアーのみならず戦闘機全てにおいて尤も素晴らしい訳です。


─アメリカンハリアー

1970年、ハリアーGR.1とT.2型がイギリスにおいて配備され続けていく中、アメリカにおいても同様にハリアーを部隊配備する為に各種試験がメリーランド州のパタクセントリバーにおいて行われておりました。このパタクセントリバー海軍航空基地は所謂海軍航空隊版のエドワーズ基地のようなもので、所属する部隊は全て試験評価用のテストパイロット達が属しており、次世代の航空機に関する試験を行なう場所であります。

さて、アメリカ海兵隊でもこのホーカーシドレーハリアーは有益と判断され1971年からGR.1の改良型であるAV-8A型ハリアーを部隊配備し、ホーカーシドレー社とマクダネルダグラス社の2社間で次世代型ハリアーの開発に向けた相互開発協力を結ぶ運びとなり次世代型のハリアー開発に2社間で進んでいく事となるはずでした。しかし、イギリス政府自体の考えとしては打撃及び航空阻止任務といった任務形態においては、当時のハリアーの欠点でもあった中射程空対空ミサイルであるAIM-7スパローのようなBVR戦闘が行えるミサイルの搭載ができない事、その点からも当時保有していたF-4ファントムといった機種に対して劣るものであった事や、搭載する電子機器が貧弱故の昼間攻撃しか行えず、それでさえ対地攻撃任務に当てるという部分さえも危険性抱えていたハリアーに次世代を考える余力は余り無かったのである。そもそも英国空軍においてはトーネードのような航続距離面、短距離滑走面、搭載量、アヴィオニクスシステムといった面で優れている機体の方が必要とされたのです。

結果として次世代ハリアーはイギリス政府からの支持が得られない事からホーカーシドレー社自体が脱落という形で幕を引いたかのように思えたのですが、米海兵隊は開発続行を支持する形で次世代ハリアーの開発が続行されることになりました。これはアメリカ海兵隊の有する任務性質によるものや、アメリカ合衆国の戦争形態といったものも複雑に合致した上での継続判断であったのです。そもそもアメリカ軍において世界中に展開している基地の一部たる重要拠点のみ航空機用の対爆シェルター、鉄筋コンクリートによって厚く守られた防壁の役割を果たす防爆型兵器庫等を持った基地が数に限りがあり、更にその上でも兵器庫や燃料庫、航空機用シェルターといったものはターゲットとして選定されやすい位置にある為、攻撃に対しては脆弱性を伴なうものが数多く存在し、敵からの攻撃に対する生存性を持つ機体を有したかった場面があるのです。

こうした事から当機が滑走路が不要な垂直離着陸機である事、そして整備性面でも設計段階から考慮されていた部分である事からも次世代型ハリアーの開発が続く事になるわけです。

アメリカ海兵隊では武装搭載量、燃料搭載量の増大や新素材を用いた主翼面積の拡大、軽量化等を含めた案を提出し、1975年にはマクダネルダグラス社から提出されたハリアー改良型最終案を海兵隊が了承する形で初号機の制作が行われ、この結果生まれた次世代型ハリアーがAV-8BハリアーIIであります。このハリアーIIは基本構造さえハリアーの発展型に等しく存在する物でありますが、コックピット位置を更に高所へ再敷設し、前部2箇所のノズル形状を変更、主翼には新素材であったカーボンを多く用いる他、スーパークリティカル翼面となり14%拡大した主翼に対してハードポイントが2箇所増設する等、次世代型にふさわしい改良が施されました。


─ハリアーの歴史

その後も改修が続けられ、最終的にはAIM-120AMRAAMを装備可能なGR.9/AV-8BハリアーII+等の一部機種においてはBVR戦闘が可能なまでに成長を遂げた事がまず一つ挙げられる。しかし、結果として次世代型の戦闘攻撃機においてはF-35BライトニングIIのようなステルス性を有したVTOL機にこれから先を委ねる形で席を譲る形になっているのは周知の事実でしょう。

最後になりますが実用的な垂直離着陸を行える機体としては実戦向きではなかった点が上げられるのです。そもそも機体単体だけで機関砲のみの武装で飛び立つだけならば垂直離陸でも構わなかったのでしょう。しかし、武装し増槽を携行した状態から離陸を行なうには推力が不足しているし、機体重量が大きくエンジン重量も高い位置にある事からも相まって基本的な離陸はもっぱらSTO(短距離滑走)でした。これは米海兵隊もイギリス海軍においても、そして他国海軍において運用されている軽空母においても同様で陸上展開するGR型であってもあまり変わらない部分として残り続けた欠点があったりします。また、機体中心部に対してエンジンを抱え込む形で機体が存在するため、赤外線誘導ミサイルの追尾をうけやすく高熱高温のジェット排気を常に特定方向へ贈り続ける設計の為、追尾されると非常に回避しにくく、かつ被弾すると機体に対して深刻なダメージを及ぼしてしまう等の問題点が戦訓から明らかになっているのですが、機体設計がそもそもの問題点である故に、運用する諸外国、ましてアメリカでさえコレ以上の改良は不可能として断念している経緯が存在します。

しかし、これらのデメリットを持ってしても多くの国で運用され、イギリス海軍やスペイン海軍、アメリカ海兵隊といった強襲揚陸艦、または軽空母を保有する国々でも戦闘攻撃機として運用が可能な機体であったことからも垂直離着陸機たるその有効性と幅広く任務遂行が可能といった面からも非常に高い評価を下されています。

1960年当時の各国がVTOL保有の夢を断念し、更にソビエトさえ現実的な運用と任務を行える機体を保有するまでに長い時間を有し、それでも最終的に保有することが出来なかった事をこのハリアーは一発とも言える形でやり遂げた事、そしてその設計の有効性やVTOLという機体種の歴史の1ページを輝かしい形で描けた機体はこの機体以外で同じ時間を共有する実用的なVTOL機はF-35を除いて続くものは最後まで現れぬまま、VSTOL機という本の1ページが終りを迎えました。ハリアーというVTOL機が描いた歴史は垂直離着陸機を実用化させながらその効果的な実用性を世界に幅広い形で示し有効性をアピールし続けたという面で考えるところ、このハリアーは一つの時代として描くべき機体なのかもしれません。


 

2010/07/28(Wed) 21:47:27
MiG-29の影に隠れた名作機とでもいいましょうか。どこか知りづらく冷戦期ではソビエト防空軍の保有下に留まりながらロシア空軍においてはフランカーの影に隠れ、恐るべき性能を持つということがなかなか知られない機体の一つでもあります。

例えばゲーム面でも同様の事が言えるわけです。前回も方向性的に言えばどこか批判的な意見を申しましたが、エースコンバットシリーズにおいてはこのフォックスハウンド非常に使いづらい機体になってしまっているんですね。例えばその操縦性もフォックスバッド譲りの迎撃機スタイルでありますし、ロングレンジミサイルに特化し長距離迎撃を行う機体である事からもドッグファイトにはけして向かぬ機体であります。そういった点からも冷遇されてしまったといいますか、ゲームとリアルの両立問題からそうせざるを得なかった部分があるのでしょう。

さて、このフォックスハウンドにどの程度の”力”が含まれているのでしょうか。
少しずつ解析していってみましょう。(*毎度の事ながら誤りが存在するかもしれません。その場合は遠慮無くご指摘願います。)


─ソビエトの防空網。

本機の原型となった機体として、まずMiG-25の存在を語らずしてMiG-31を語れない。函館空港に緊急着陸した東側戦闘機で、当時西側にとても恐怖されたマッハ3級戦闘機のMiG-25は、遡ること1950年代の話になる。当時アメリカ、イギリスを始めとする西側諸国は戦略爆撃機を迎撃戦闘機が到達困難な高度を高い速度をもって振りきり敵都市、または基地、重要拠点等の破壊を行う方向へと進化していった。それまでの爆撃機はある程度の速度を持って戦闘機によって護衛され、爆撃機自身もまた機関銃座を備え防御能力を持ち、移動する空中要塞のような代物だった。しかしジェット化され戦闘機側にスピードや搭載機器の高性能化の波が次第に訪れるようになり、爆撃機においても高速化を求められると同時に、迎撃戦闘機が到達しにくいor到達に時間が掛かる高度へ進出すると同時、地対空ミサイルや対空機関砲が到達できない高度を飛行しながら長大な航続距離と早い速度で敵国内部に侵入、速やかな攻撃を持って離脱することが望まれはじめた時代でもある。

一方でソビエトでは高速で侵入する偵察機や、将来的に飛来する可能性のあった超音速爆撃機に対抗するべくして高高度まで飛翔し高速で飛行する敵機を撃墜可能な地対空ミサイルの開発や戦闘機の開発といった面で強化していくことになった。その一端がこのミコヤングレヴィッチMiG-25フォックスバットの開発理由と言った感じだろうか。

このMiG-25は最高速度が非常に速く設計されている。最高速度にして制約のない安定した環境で継続して行える最大速度は約マッハ2.8であり、実用化された戦闘機としては最速の域である事が伺える。またフォックスバットはソビエト連邦に対して友好的な国々に優先的に配備された。そして西側が恐怖し始める事になる。
1970年頃にイスラエルのレーダーにマッハ3の機影を探知し、西側はこれを未確認の東側新型戦闘機と断定、これをフォックスバットによるものだと結論付ける事になる。

少ない写真などから機体性能を読み取るよりも他に手段が無かった当時において、西側、特にアメリカはMiG-25の構造や最高速度、大きく面積を確保したノズル、空気取入口のサイズからアメリカは低燃費高出力の大型ターボファンエンジンを搭載し、航続距離が長い格闘戦も可能な非常に高性能な機体であると予測した。しかし当時においてはアメリカ空軍、海軍共に使用していた戦闘機は機動性が悪いものが多く、F-4ファントム等の主力戦闘機であってもその高速性や高高度飛翔能力においては叶う機体がなく、MiG-25に対抗できるものはないとして危機感を覚えた。結果的にこれが機動性に優れたマクダネルダグラスF-15Aイーグルを開発するキッカケとなったのは言うまでもない。

─ベレンコ中尉亡命事件

MiG-25Pの性能が公に、そして「ミグ」という恐怖たる存在が公に示される場が訪れる。
1970年代も中盤の1976年9月、ヴィクトール・ベレンコが操縦するMiG-25が演習中に突如急降下しレーダーから消えたが日本側に向って飛行する機影を幾度か日本側が探知することになる。これに対し領空侵犯の恐れがあるとして航空自衛隊千歳基地のF-4EJファントムがスクランブル発進、領空侵犯に対して対処する構えを取ることになった。しかし、F-4EJの緊急発進を行うも日本に向かってくるMiG-25を発見できなかった。当時の航空自衛隊保有のレーダーサイトが持つ主要防空レーダーはMiG-25Pが低空飛行に移行した時点でロストしてしまい、その後の追跡を行うこと、その後の再発見を行う事が出来ず上空で飛行中のF-4EJに頼るより他に手段が無かった。しかし上空側で捜索を行っていたF-4EJも搭載するレーダーが上空から低空の目標を探す能力であるルックダウン性能が高いものでなく、結果として地上側レーダーサイト、そして上空側待機のF-4EJの双方向でMiG-25を函館空港に緊急着陸するまで発見することができなかったという失態を演じる事になる。
このことによって日本における防空レーダー網の脆弱性が判明し空中から低空目標を探せる早期警戒機のE-2Cを導入し防空網強化と改善の処置を随時取っていくことになる。

さてこの着陸したフォックスバットは航空自衛隊、そしてアメリカ空軍の両知識者を持って解析がなされた。
いわばソビエトの持つ最新鋭戦闘機の中身を徹底的に分解調査する機会が突如として現れたのだ。その結果、チタニウムが外板に使われていると思われていた所が、実際はニッケル鋼が使われていた点や、マッハ3で連続飛行を行えると思っていた部分も実際は安全な継続飛行が可能な速度限界がマッハ2.8であったこと。
そして何より迎撃に特化した戦闘機でソビエト連邦の防空システムにおける迎撃戦闘機の役割が「地上によって高度方位移動方向等の管制誘導を受け、長射程ミサイルを搭載しながら目標に対して接近し発射する」というものであった為、そもそも機動性に関して目を向ける必要性が存在しなかったというものである。
その他にも機体設計においては、MiG-25は新しい革新的な装置や技術を用いて造られていると思われていたが、実際は信頼性に重点をおいたもので非常に堅実なものであった等、西側にとって謎のベールに包まれていた高性能戦闘機、MiG-25フォックスバットの幻は「過大評価」というシールを貼られ、一気に現実に引き戻される結果となった。

─フォックスの名を継ぐもの。

それまで主流であった「高高度を超音速で飛行し敵地へ複数機で侵入、その後核攻撃を行ない即座離脱する」という攻撃手法が時代遅れとなり始めた。到達不可能と設計段階では思われていた速度や高度が脅威に晒される事が多くなり始めた事や、アメリカにおける超音速爆撃機XB-70ヴァルキリーの失敗、そして頓挫と中断、CIAのA-12が撃墜される等、高高度を高速で飛行する「安全」という形が崩れ去り、高高度向け地対空ミサイルや迎撃機といった高高度対応が可能な兵器が一般的に装備され、結果としてそれらが兵器の時代を進ませる形となった。

これにかわり自機のレーダー視認と攻撃を大きく回避する事が求められ、高高度から低空に代わり地上スレスレを縫うように飛行しながら、迎撃戦闘機による発見と被撃墜を避けつつ対空火力を避けながら爆撃機や攻撃機が敵地へ侵入し敵地上空で核攻撃を行なうという形態へ変わっていった。これは単純に搭載するレーダーのルックダウン能力の低い当時の戦闘機、そしてレーダーに対して有効な手段として考えられた。

そのような経緯からアメリカは「高高度に加えて高速度で飛翔する」という方針を一転させ、ECMによる自機のジャミングを行いながら低空高速で侵入、目標上空へ到達せず攻撃手段を巡航ミサイルに任せ自機は安全圏へ再離脱を行う攻撃方法へと移り変わった。この結果に生まれた爆撃機はロックウェルB-1ランサーである。

しかしソビエトにはB-1のような低空を高速侵入する敵機に対して有効な対処が可能な迎撃戦闘機は保有しておらず、肝心のMiG-25はルックダウン能力に劣る為低空侵攻する機体に対しての対処能力を持たない。また、ソビエトはそれまで空中の迎撃戦闘機を一括統制する空中管制機を保有しておらず、これらの脅威に対して対抗できる手段を一切保有していなかった為開発が再度急務となってしまった。

この懸念事項を解決する為には再度MiG-25Pを改修した性能向上型を用いる方向性で検討することが具申されていたが、最終的な結論としてはMiG-25のベースとなった試作試験機Ye-155の改設計を行う方向性で決定がなされた。元々の機体であるMiG-25はマッハ3級とまで言われた世界における最高速の迎撃戦闘機であること、そして高い上昇速度性能や機体規模が大型であったことから設計の改善と将来的なアップグレードに余裕が有った事なども踏まえ、最終的にこのMiG-25が最適とされた。

このMiG-31フォックスハウンドにはMiG-25のような高速性能は設計段階から要求されておらず、MiG-25に見られた鉄の外板を多用した設計はMiG-31のような低空高速に対して行う迎撃では不必要とみなされ、機体構造部のニッケル鋼が50%程へ削減されている。並行して同様に使われていたチタニウムとアルミニウムの使用率を上げ、軽い金属を多く使用し高速性能を落とす事で自重増加を改設計にも等しい程変更しているにも関わらず1t程度に抑える部分において成功している。
金属自体の変更を行なったこのMiG-31フォックスハウンドは最高速度の低下が危惧されたが、設計上の限界速度はマッハ2.83とMiG-25と同等の値を示している。しかし実際の所、MiG-25がエンジン破損を覚悟してかかればマッハ3も可能な事を踏まえると、このフォックスハウンドも同様と言えるのかも知れない。機体の設計上限界の速度というものは安全に飛行し続けられる速度、というよりは機体が設計上の段階で安全と規定できるレベルである事がまず一つあるわけである。いわばカタログスペックというヤツで、見ただけでそれが可能と思い込み気味ではあるがそれが実際に出来るかどうかにおいては疑問符が付くというヤツである。
また兵装を搭載した状況下で出せる最高速度も大きく変化してしまうので、この値がどういった計算の後に出された値なのかは定かではないにせよ「技術的には到達可能な速度」という認識が正しいのだろう。

さて、このMiG-31フォックスハウンドは胴体が延長され、MiG-25と比較して機首が伸び複座になったことが外見的特徴である。MiG-25においても複座型を用いられる事は多くあった。しかしフォックスバットのそれは訓練/偵察用に限定されていたし、前方視界の必要性からフォックスバットのコックピットをノーズのレーダーを下ろしそこに取って付けたようないかにもやっつけ仕事な機体構造であった。しかし当機体では複座型がベースたる機体で後席からの前方視界を全く必要としない。これはレーダー迎撃士官を同乗する為、そもそも緊急時以外に前方視界が必要な場面が無いという結果の選択である。しかしながら、後席にもスロットルレバーやスティックといった機体の操縦に必要な機器は設置されており、機械的に前方コックピットとリンクしている他、低速度限定ではあるが後席上部に設置されているペリスコープを展開することで前方視界を確保することが出来るので緊急時は低速に落としペリスコープを展開した後、安全に着陸させることも可能である。
また余談ではあるがレーダー迎撃士官を後席に同乗させることを前提とした設計は、東側のみの形式でなく西側においても同様に制作されていた時期が存在する。一端としてはマクダネルダグラスF-4ファントムIIやグラマンF-14トムキャットにおいても同様に複座型限定である。

フォックスバットにおいて劣悪な操縦性と格闘性能を持ち合わせていたが、改設計の段階で前縁フラップやストレーキを主翼に備えた事から最大迎え角の向上が見られるようになり機動性が若干改善された。しかしそれでも高翼面荷重からの機動性の悪さは完全に拭いされた訳ではなく、フォックスバット譲りのノッソリとした機動性は受け継がれている。故に格闘戦性能は決して高くない機体で、マクダネルダグラスF-15Aイーグルやそれに準ずるレベルの機動性を持つ機体に対して格闘戦を行うことは自殺行為とも言える部分においては、あまり変化していない現実も存在する。

しかしそのような点も設計段階で考慮された低空侵攻を行う爆撃機や巡航ミサイルといった相手が主な目標とされるフォックスハウンドにおいて、機動性という点で言えば解決している部分とも言えるのである。いわばソレ以上を必要とせず、完全に切り捨てて考えている(Su-27の記事の防空軍迎撃機に関する記述参照)。そもそも第一に格闘戦における機動性をも重視するのであればフォックスバットをベースとする意味が無いという捉え方も出来る上、設計をしなおすという段階から崩して1から設計してしまったほうが何よりもいい訳である。
そうしなかった事は最低限の必要性を持たせれば良いという考え方だった部分もあるのだろう。

フォックスハウンドのとても重い図体を空中に持ち上げるべくしてパワーを生み出すエンジンは、前述したSu-27フランカーの項目における後半部のS-37が使用しているのと同型であるソロヴィヨフD-30F6エンジンを搭載する。このエンジンは戦闘機用エンジンとしてはかなり大型種に位置し、エンジン重量と全長もかなり大きい物となっている。しかし性能面でも凄まじいパワーを生み出し、ミリタリー推力で94kN、アフターバーナーを用いた場合150KNという値を記録する。このようなパワーを持つエンジンだが高速飛行時に焦点をあわせている為、高速飛行に移行した状態であればエンジンの燃焼効率が良い。また並行して更に機内燃料タンクの増加も重なって戦闘行動半径が広がる結果となった為、ソビエト防空軍における迎撃戦闘機としての性能はMiG-25フォックスバットと比較して非常に高まっている事になる。

─長射程戦闘
ザスローンレーダーを搭載しているこのフォックスハウンドは凡そ戦闘機に搭載している物としては世界で初めてフェイズドアレイレーダーを搭載した事で知られる。しかし現代におけるアクティブ型フェイズドアレイでは無く、パッシブ型フェイズドアレイで初期の段階にあるものだが、その性能は現代にも通用するレーダーシステムである。まずこのザスローンレーダーは対象物の大きい物で最大探知距離200km、追尾においては140kmから可能で小型の戦闘機を始めとする対象物に対しては最大探知が100kmから可能である。

そもそもフェイズドアレイレーダーは、レーダーがそもそも機械的に行なっていた走査方向、いわば電波放射の方向を電子的な物に切り替えたレーダーで、レーダー自体の行動が含まれない結果として素早く一斉走査を行う事ができるというメリットがある。このフォックスハウンドに搭載されるザスローンレーダーでは1回の走査が瞬時に終了する上、最大同時10目標探知可能であるとされている。また同時捕捉追尾という面でも優れており、10目標を探知しつつ、内4目標を同時追尾、捕捉が距離内なら可能である。高速に処理する事に長けているこのザスローンレーダーは、敵機がレーダー波を探知して警告をパイロットに促すRWRのような警戒装置に対して際立って高い能力を持って逆探知されにくいというメリットを持つ事に至っている。
またこの点に関してはフランカーを超える性能を持ち合わせている事になる。Su-27S/Pフランカーの搭載するジュークレーダーは同時追尾可能数が2目標と非常に限定されており、その面で言えば後継するフランカーシリーズこそ改善がなされ続けていったが、Su-27S/P時点においてはこの性能はフォックスハウンドが有利となる。

また、フランカー同様にデータリンクシステムを搭載している点も重要なポイントである。同様に4機によって緊密にデータリンクされた4機のフォックスハウンドは100kmからそれ以上の幅で並列飛行を行ない空中に網を貼る。ここでフランカーと違う点は同時目標追尾可能数と別機種を指揮機とする必要がない点で、フォックスハウンドであれば別の機体が指揮を行い連携して行動することが可能である上、フォックスハウンドは地上側レーダーサイトが探知した情報を上空のフォックスハウンドに対して送信がなされると後席に備え付けられている戦術状況ディスプレイに表示され敵機情報が更新され、常に新しい情報を機上レーダーに頼らず確認する事も可能である。そしてMiG-31と同時期に登場したツポレフTu-114を元にして作られたAWACSであるTu-126モスはルックダウン能力が低く、MiG-31において高い性能を誇るルックダウン能力部分では大きく差を生む形となってしまった事から、このフォックスハウンドの地上レーダーサイトとのリンク、そして高性能機上レーダーを用いた広範囲索敵性能の高さ等から簡易空中管制機としての使用も可能であるという見方もされている。

ソビエトにおいては多用な攻撃方法が生み出されている。しかし、それらの全ては連携する各機体との兼ね合いから生まれたものがあり、例えばSAM等に代表される欺瞞攻撃法である。4台の自走式ミサイルシステムと備え付けのレーダーを連携し4台が四方へ分散配置する。それぞれが断続的にレーダー波を発信することで位置関係を断片的につなぎあわせていきそれぞれが把握する。敵機がミサイルから回避不可能な地点まで到達した時点で四方から一斉発射するような形や、一台のミサイルシステムが主たるミサイルサイトから離れた地点からレーダー波を発信し、それを元にして追跡と接近を行てきた敵機に対して手前側のSAMサイトで、ミサイルサイトから離れた所に位置するレーダーからの敵機情報を元に捕捉、ミサイルを発射し敵性航空機を撃墜するという手法があるのだが、フォックスハウンドも同様の攻撃方法が行う事が出来る。レーダー波の発信を停止した状態の2機とレーダー稼働中の2機が連携し、側面及び後方から敵機へ接近したレーダー停止中のフォックスハウンドが攻撃を行うことで敵機を確実に撃墜するという手法も事実上データリンクを用いて行うことは可能である。しかし、捕捉にはレーダー波を発信しなければいけない点はどの機体でも変わらない為、ロックオン状態へ移行する時点でレーダーを稼働させなければいけない。しかし、搭載されているIRSTと連携したレーダー波を出さない近距離攻撃を行う事が出来る状況であれば、敵機に対して手痛い一撃を与えることも可能である。

それまでMiG-25で困難な操作を多く求められた部分は複座となり、レーダー迎撃士官の同乗によって大きく軽減され迎撃戦闘機としての能力が高められたこのフォックスハウンドは迎撃戦闘機としての能力を非常に高く持つに至った訳である。

─幻の輸出型、改良型。
フォックスハウンドに輸出型が実は存在していた。モスクワ近郊に位置するジュコフスキー飛行場において開催されるMAKSにおいて展示される事が多いグレー字に白と青のストライプが鮮やかなフォックスハウンドである。あれはミコヤングレイヴィッチが設計したMiG-31Eであり、れっきとした輸出型フォックスハウンドなのだ。
長らく完全に完成した状態にあり、近年で言うRSK-MIGにおいてはセールスを行い各国に購入してもらいたい構えだったが、ソビエト時代からそもそも他国への売却を渋っている面がある。
そもそもが特殊なこのフォックスハウンドが他国に渡る事を余り良く思っておらず、結果として連邦が存在していた時代はソビエト防空軍のみが保有し、ロシア連邦移管後はロシア空軍とカザフスタン空軍の一部が保有するだけという結果となった。その結果並行して開発された輸出型もセールス上問題がある為、中国やイラン、リビアを始めとする国々が注目を示した程度で他国が購入に成功したケースはない。

戦闘機は常にアップグレードをどういう形であれど設ける事が常となっている。勿論フォックスハウンドも同様にサブタイプとして存在しているが試作機10機が存在した程度で実際に量産されることはなく、性能こそ突出して更に迎撃機としての能力を向上させた高性能機であったが実際に作戦能力を保有出来るレベルで配備されることはなかった。幻の性能向上型はMiG-31Mといい、形式こそフォックスハウンドのそれと変わらないものだが実態は改設計に等しいレベルで手がいれられている。例えば搭載兵装数も大きく変化し、それまで半埋め込み式で4発胴体下面に交互に搭載する形で携行していたAA-9エイモス長射程空対空ミサイルからAA-13/R-37アローと呼ばれる(未配備?)長射程ミサイルを胴体下部に9本並べられるように再度搭載構造を変化させたものである。(AA-9エイモスのみの場合MiG-31であれ改良型であれ本数は変化しない。)更に、主翼下に搭載していたエイフィッド等の短射程ミサイルの搭載数もランチャーをパイロンを介して片側2本としていた部分も改善され、主翼下パイロンの増加に伴って短射程、中射程、そして長射程の3種をそれぞれ携行する事が可能になった形で改善がなされた。これはフォックスハウンドにおける搭載可能数の問題の改善で、現在存在しているフォックスハウンドは1-6番の主翼下パイロンに短射程を両側計で4本、あるいは中射程2本と2-5番の4ヶ所に長射程ミサイルの携行という極端な形で兵装携行しなければいけないという問題点がある。これらを改善するためMiG-25フォックスバットで存在した主翼外側の1-8番パイロンを復活させ、短射程4本、中射程2本の同時携行と共に長射程の携行可能数を新型であるR-37に限定させた形ながらも増やせる結果を産んだ。(最大離陸重量からも9本携行の場合短射程、または中射程ミサイルの同時携行可能数は減少するかもしれない)
更に中射程面ではR-77アダー、短射程面ではR-73アーチャーが使用可能になりオフボアサイト能力を持つアーチャーに加えて、打ちっぱなし能力に長けたアダーの携行を持って飛躍的にBVR戦闘能力が高められている。並行して搭載レーダーもザスローンMへ変更され機首直径が更に大きくなった外見的印象の他、両主翼端にウィングチップが備えられている。その他後席レーダー迎撃士官のキャノピー枠が狭くなった事や、前席のキャノピーフレームの改善によって良好な視界が得られる結果となった部分も相まって外見的には単座に近い。そのような特徴からもある種外見的にのみフォックスバットへ回帰したような機体である。

この改良型フォックスハウンドは予算不足により量産される事はなく試作された10機がどういう扱われ方をされているのかは謎である。この他対地攻撃能力を保有させたサブタイプや、その輸出型に加えてAWACSキラーとしての性能に特化したサブタイプ等も上げられるのだが、それらは全て実現されることはなく現在運用されているタイプとしてはMiG-31BSと初期型のフォックスハウンドが残存しているに過ぎない。

このような完全に迎撃用途で使われる戦闘機はなかなか正統な評価を受ける事が無い。単純に機動性を求めるだけが戦闘機の戦闘機たる性能の高さではなく、システム的に生かされきってこその戦闘機である部分も踏まえて見てもらいたい。こうした形で正統に評価されていない戦闘機はそれなりに存在している。
例えばF-5やA-4といった西側機においても同様に言える事であるし、MiG-31のみならずMiG-23や小国におけるベストセラーであるMiG-21等も、結果として西側機によって撃墜されるケースが多く、それらに埋もれて本来の見るべき部分を見られていない所も多くある事が悲しいところである。しかし、少なくともこうした形で述べていく事でそのような機体の高い性能を少しでも理解してもらえると多くの視野をもって軍用機を知るということが出来ていいのではないかな、と思います。

ではでは。
2010/07/17(Sat) 14:50:15
スホーイ試作設計局、OKBSukhoiにおけるパーヴェルスホーイによって手がけられた遺作とも言うべき最大の作品はなんといってもフランカーシリーズに他ならない。ゲーム等から得られる間違いを正しながら当時の思想、そして脅威とみなされた所以とその性能を少しずつ紐解き、現代に生きるベルクトへの発展経路等を少しずつ書いてみようと思う。

フランカーシリーズの記念すべき計画の始まりは1960年代の終わりに端を発する。当時ソビエト連邦に所属する防空軍(現代ロシア軍で言う空軍に相当するが防空軍は自国領土限定の迎撃、要撃任務を主眼としていた。防空軍種別はソビエト崩壊と共にロシア空軍に自動的に編入、再編成された。)は新たなる防空戦闘機の開発を計画した。これは当時の想定敵である西側諸国のソビエト侵攻に対する防衛目的であった。中でも西側諸国の中では際立ってアメリカ、そしてイギリスの保有する超音速長距離爆撃機等の侵攻を食い止める事が出来る性能を保持する戦闘機を開発する事が国内において活発になっていた時期でもある。更に追い打ちをかけるかの如くソビエト側が探知した情報から確定情報として、アメリカが目下試験開発中と見られる新型超音速爆撃機XB-70ヴァルキリーに対抗出来る性能を持つMiG-25フォックスバットの国内基地急速展開とその後継機であるMiG-31の開発が進められていた。

しかし、これに対してアメリカがMiG-25に対抗するものとしての新型戦闘機 の開発を進めていることから、ソ連空軍/防空軍としてもそれらに対抗しうる新型防空戦闘機の開発は急務とされていた。元来ソビエト防空軍にとっての迎撃戦闘機たるフレーズは以下の通りである。
・防空圏侵入の敵機に対して経路封鎖をいち早く行ない迎撃が可能な高出力エンジンを搭載し高速飛行能力に長けている事。
・敵大型爆撃機を遠地にて撃墜する事が可能な長距離空対空誘導ミサイルの携行能力。
・敵大型爆撃機、随伴する敵戦闘機の長距離探知、捕捉が可能な火器管制装置の搭載能力。
・広大な国土をカバー可能な長い航続距離

これらが防空軍において必要とされた迎撃戦闘機の主たる内容である。
しかし、これらの項目に加えて平行して”支援”していたベトナム戦争からの教訓も相まって、アメリカ空軍における空中給油の存在が強く表されることになった。そしてこの存在は今までの考えを一新しなければならなくなったということで、本来主眼としていた長距離爆撃機から平行して存在することが現実的となった攻撃機や、随伴護衛の制空戦闘機の存在も視野に入れなければならなくなったということである。それは結果としてこの迎撃戦闘機という項目に制空戦闘機との空中戦の発生予測も視野にいれなければならなくなった。

MiG-25等の主たる防空軍における迎撃戦闘機の大半は主眼が対戦略爆撃機である故に機動性に難を抱えており、高度上昇速度や加速力的には1級品であったがそれらを満たすべくして欠けた機動性は設計上の問題でもあった。一端を垣間見れる部分としてMiG-25を改良して生み出された縦列複座の迎撃戦闘機であるMiG-31フォックスハウンドにも見られる部分でもある。

このような経緯から新型防空戦闘機の開発主眼としては異例とも取れる形で従来の高速性、加速性、航続距離、長射程空対空兵装運用能力に加えて「高い機動性」が求められることとなり、この要求にそう形で生み出されたのがこのSu-27フランカーであり、全てのフランカーシリーズの親機である。また、このフランカーにおいては今は亡きパーヴェルスホーイの遺作でもある。このパーヴェルスホーイは名前から察することが出来る通りスホーイ設計局の局長であった人物であり、Su-22やSu-24といった傑作機を世に生み出しながらSu-27の原型であるT-10の設計に大きく携わったが初飛行を見ることなくこの世を去った。

さて、Su-27のそれが驚異的とも言える性能を保有している一端を説明していきたいと思う。
まずSu-27フランカーにおいては何と行ってもデータリンクシステムとその性能によって得られるエリアディフェンスであると思う。このデータリンクシステムは西側のAWACSと同様のシステムであるがリンク先が4機編隊と小型であり、西側のE-3AWACSを代表とする空中管制機のような大規模管制システムとは程遠い存在である。しかし、このデータリンクシステムにおいては複数機とリンクすることで(最低1機のSu-30を必要とする)各機が相互データリンクを行うことで約100km前後の幅広い間隔で並列に配置することで広域レーダー索敵を行ないます。

いわばレーダーによる網を空中に敷く訳です。
このデータリンクシステムは自機が探知したもの、友軍リンク中の他機が探知したものも全て連携してリンク中の全機が確認することができ、全て自機が探知したものと捉える事が可能な上、随伴して存在する指揮機たるSu-30がこれらSu-27の群れを指揮することでAWACSの能力とほぼ近いものを獲得しています。
これらが西側で言うE-3AWACSとF-15Cといった関係と違う点は、AWACSに対する依存度において現すことが出来る訳です。仮にE-3AWACSが何らかの理由で撃墜されたと仮定しますと、西側における空中統制を行える機体が他におりませんのでカオスにも似た混乱を引き起こし、結果として統制不能状態に陥る訳です。

これに対してSu-27においてはAWACSによる統制を受ける事の少ないロシア製戦闘機は、複数機での相互指揮通信網を独自に各部隊間で作り上げてしまう事でAWACS程広域かつ統制力は無く、将来的に発展の余地がある部分はあるが大いなるシステムを立ち上げる事で壊されることのないリンクシステムを確立している訳です。(実はこれにおいてはMiG-31フォックスハウンドも同様に扱うべき部分なのですが、今回においてはスホーイ社限定とした記事故に今回の追求は若干避けさせていただきます。)

また、搭載するIRSTシステム(赤外線捜索追尾)はレーダーとの連携も視野にいれた形のHMDシステムのようなもので、UOMS製OPES-27型IRSTがもたらす全周方位での脅威データを元にして、探知最大距離で55km先の目標まで探知可能です。このIRSTとレーダーを併用して用いる際はレーダーの発信電波を探知されるのを防ぐため運用にある程度の制約が付いてしまいます。しかし、自らがレーダー電波等の発信を行わないIRSTにおいては、探知される危険性が発生しない。結果としてこれは敵機に対しレーダー波探知による発見率を下げる事も意味でも非常に有効なシステムである事は確かでしょう。更にIRSTは単体でのターゲット捕捉を行う事も可能である点も上げられ、発射後ロックオンが可能なヴィンペルR-73アーチャーのようなオフボアサイト能力を持つミサイルを携行していた場合、機上レーダーに頼る事無く側面に存在する敵機へミサイルを発射することも可能であります。

搭載武装においてもヴィンペルR-27ER/T等の中射程セミアクティブレーダー/中射程赤外線誘導ミサイル、モルニア/ヴィンペルR-60エイフィッド短距離赤外線誘導ミサイルの携行能力を持ち、中射程ミサイルの携行数においてはセンターラインに2本上下に携行し、インテークラインパイロンに左右2箇所、主翼下に2発の計6発の携行が可能で、Su-30を始めとする改良型フランカーシリーズにおいては更に主翼下に2発加えた8発のMRAAMが搭載する事が可能で、更に並行して4発のR-60/R-73IRAAMを搭載出来、大量の空対空兵装を搭載する事が可能であります。更にミサイル側も1985年以降では新型IRAAMであるオフボアサイト能力を持ったヴィンペルR-73アーチャーが、1994年以降はアクティブレーダー誘導のヴィンペルR-77アダー(RVV-AE)が登場し随時新型機から搭載が可能となっています。(R-77においてはSu-27の発展改良型であるSu-30から携行能力を持つことになり、それ以降ですとSu-35/37(Su-27M/M2)やSu-34(Su-27IB)、近年ですとSu-27SのMLU型、Su-27SMから携行能力を保有する事になりますので初期たるSu-27S/P型においては中射程ミサイル携行能力はR-27アラモまでということになります。)

また、フランカーシリーズには固定武装としてGsh-301、30mm機関砲が備え付けられており150発という弾数の制約をカバーして余りある精度を持つ機関砲で対地対空両面において驚異的な攻撃力を持っております。しかし、このGsh30mm機関砲は100発程度で銃身の交換が必要となり、発射速度如何では多大なストレスから銃身摩耗が酷くなってしまう為、最大値である1800発モードから少し落とした1500発モードでの射撃が常と言われているようです。ただ、そのような運用上の制約が課されながらも性能面では劣ること無く、逆に特筆すべきものがあるのも事実であります。極端な例を上げればわずか3発から5発の弾丸をもって想定目標を1000~1500m内で破壊出来るという驚異的な性能を誇る部分も有り、西側機が持つ20mmバルカン砲よりも高い精度と破壊力で目標を撃破できるのです。ちなみにこの機関砲はレーザー照準システムを用いて運用することで驚異的な精度も持つ事が出来る部分があり、R-27ERやR-77といったMRAAMとR-60/73のようなIRAAM、更に固定武装のGsh-301と、Su-27は目視外距離、目視距離の両面においても驚異的な能力を秘めている事になるのがお解り頂けたかと思います。

─さて、Su-27のSu-27たる部分の一端に機動性の高さといった部分がメリットとして取り上げられます。
しかしこれらは大型機特性を感じさせない程度の物であり、同クラスを比較した場合性能面でフランカーが有利と見て取れるでしょう。また、コブラやクルビットといった失速機動もこのSu-27においては利点であります。
ただ、その利点という部分の見解は大きく異なるものであります。

例えばコブラやクルビットといったそれ自体を使うことに一切意味はありません。

問題はそれ程の高迎角からの失速を引き起こしても制御が可能な機体であるという部分に着目すべき部分が存在します。また、フランカーのコブラには特別な仕組みはなく、基本的には250kt以下の低速で水平飛行しながらスティックを目一杯倒す事でフライバイワイヤリミットが解除され急激なピッチアップが可能になり高度を変えることなく機体を垂直に立てる事が出来るというだけであります。クルビットも同様に引き起こしを垂直上昇時にスロットルレバーを絞りながら速度を落として回転と同時にフルスロットルまで押しこむ事でアフターバーナーによる後方への推力とTVC機能による後部上方へ向けての推力偏向、機体の下降速度と舵面制御による空力的な回転力といった部分で構成されます。

さてこれらが何故戦闘で有効として認められなかったのかという部分に着目していきましょう。

そもそも空戦はエネルギー節約の境地でありその両面において非常に重要な意味が隠されております。例えF-22Aであれ高度的、速度的優位性を失った状態で飛行を続ければIRAAMのような赤外線探知ミサイルでも機銃掃射でもやられる可能性は秘めております。それがステルス性や機体性能によって左右される面は数多くありますが、高度的にも速度的にも優位性を削がれつづけられた機体は例えF-22Aであれど行く末は被撃墜でしかないのです。

空戦においての基本はパワーとスピードに集約されます。例えばF-15Cのような完全な制空戦闘機に代表される特筆すべき性能といえば類まれなるパワーとスピードであります。速度的優位性は空中戦の際に旋回することでロスしてしまう速度をどれだけ減らせるかという面でも非常に重要なキーポイントであります。またパワー面ではエンジン出力が高ければ旋回時の速度低下を遅らせる事が出来ると同時に、低速低空から戦闘速度を回復し高度的優位性を稼ぐまでの回復時間や加速力といった面でも非常に重要な部分であります。

仮に敵機がフィッシュベッドであっても高度的、速度的にも自機より優位に立たれた場合、被撃墜の可能性を含む%は大きく上昇していく事になります。これらが意味する事はもうお解りかと思いますがコブラやクルビットといった特殊機動そのものの有効性は完全に絶たれているわけであります。
そもそもコブラはヴィクトールプガチョフによって発見された失速特性試験時の産物のようなもので、Su-27の基本設計の有効性や次世代の可能性を開拓したというだけの物であり、それらが実際の戦闘で使える事はまず無いわけです。

仮にコブラで敵機をかわす事態に陥ったと仮定しても、後方から迫るのは敵機であり空中衝突の危険性さえあるのです。更にうまく敵機が回避したとしても、敵機に対して速度的、高度的優位性を回復する時間を与えるだけであり、自機がコブラ状態から回復しオタオタと速度回復に勤しんでいる間に後ろから迫るのはIRAAMでしょう。では仮に、もしその時に旋回は愚か高度的優位性さえ失っていたらどうなるでしょう?
フレアは一直線に並べられるだけになり、上手く回避出来ても次が来ます。

そんな極限状態にわざわざ追い込む必要性があるでしょうか?
勿論ありませんよね。

例えどのような特殊機動であっても、そもそもそれを使うよりも前に各種優位性を保ちながらエネルギーの温存を行いつつ撃墜する事が望ましく、失速寸前状態まで追い込まれる事なく撃墜してしまうことが大事だと言う事がお解り頂けたのではないでしょうか。

またフランカーシリーズとは少し離れますが失速特性という面では良く誤解されがちの機体が1機だけ存在しております。皆様も良くご存知かと思いますがスホーイ社製概念実証機でありますS-37ベルクトです。
さてこの機体コンセプトは、といいますと私も少々資料不足故に知りえぬ部分が多い訳ですがどうもSu-27K(空母運用型のSu-27)の改良型艦載機案の一つにSu-27KMという機体プランが存在しておりました。
このSu-27KMは前進翼にカナード、ボックスタイプTVCという出で立ちでS-32のような形態をしております。さて、このSu-27KMは1980年代の設計開始でありまして名前こそフランカーシリーズの数列を用い、Su-27Kと来ていますが実態は全くの新規設計だったようです。しかし数年後には開発中止命令が下りましたがスホーイ社はその後も自力でこの前進翼機を開発続投し、搭載エンジンをソロヴィヨフD-30F6へ換装、艦載機としての能力を省き実験機としての性能を主眼とすることで各種前進翼の効果試験を行える機体を制作しました。
これがS-37(Su-47)であります。

S-37においては大型かつ大出力のエンジンであるソロヴィヨフD-30F6エンジン(MiG-31と同系列)のものを搭載し、カナード翼を装備したスリーサーフェス形態というどこかSFアニメのような出で立ちで現れる事となりました。そもそもカナードを装備する理由は、舵面制御において機体安定性に寄与する部分が高いという事、高速~低速域での機動性強化等のメリットが付く中、カナード翼を付与することで構造上の機体重量が増してしまうデメリット等も存在します。また、S-37ではポストストールマニューバーこそ向かぬ機体ではありました。そもそも機体自体の構成が亜音速向けでありアンチスピンに対する性能改善や、着陸距離の短縮(要するに低速侵入低速着地)向きで低速時の特性はどちらかと言えばフランカーのような失速ギリギリの所まで機体を扱い続けられるような部分よりも、艦載機が元々の主眼であった部分も相まって、非常に低速では安定した飛行を行えるという部分でも前進翼は上手く働いたようです。結果としてそれらはTVCによって補なう事が可能であるということから、前進翼にカナードを引っさげたフランカーが現れなかったという一つの理由なのかもしれません。

この続きはまたいつか。

2010/07/15(Thu) 12:58:55
という訳でブログを開設した訳ですがこれといった内容ではないかもしれません。

またついでに言っておきますが明快かつ確実なソースが見つけられない場合偏った内容になってしまうかもしれません。
その場合は知識面での向上を目的としたご指摘を一ついただければと思います。

中の人は専ら戦闘機と戦闘機に対して攻撃を行うことの出来る兵器を全般に取り扱うつもりです。
たまに海と陸が交じるかもしれませんが如何せんわたくしの知識が届かない部類ですので誤りも多くあるでしょう。
その場合はご遠慮なくコメントまでどうぞ。


2010/07/14(Wed) 22:05:57
  
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